どんよりとした曇天がつづく。洗濯物でも干そうかと思えばすぐこれである。
買い物に行こうとした瞬間に雨がふりだす、一人ピクニックにいかんとすると雲が立ちこめ強風が吹く。
悪天候がいまかいまか、とタイミングよく飛び出すのを待っているかのように思われる。これでは雨男というより痾男だ。ちなみに痾とは呪いのように長引く病気のことらしい。
ビョーキレベルで天候に愛され弄ばれる男。ああ、これが天気などではなく色めく可憐な少女であれば、今後どれだけの大雨に見舞われようと構わないというのに。
ところで先日発注したドールの中国人らしき業者に、瞳の色だけカスタマイズしてくれるよう懇切丁寧に頼むと、一言だけ「おk」ときた。
中国ではアメリカ以上に気さくな人間関係が形成されているのだろうか、どこか不安になってくる。客に対して二文字で返答とは、なかなかの上級者ではないか。
もしかすれば二文字縛りでコミュニケーションを行うきわめて高度な情報伝達手段が大陸内では流行しているのかもしれぬ。
うん、とかはい、くらいしか思いつかないが、それで会話が成り立つものだろうか。と訝ったが、実際のところ私の現実における乏しい会話とそんなに変わらない気がするので杞憂であった。それにここで配送を無言中断されては大変困るので、とりあえずゴマをすっておくのが正解であろう。
親の転勤で、遠い異国の地に引き裂かれた少年と少女が文通をはじめ、その手紙をお互い今か今かと待っている……それならば美しい話なのだが、いい歳したむさい男がラブドールを今か今かと手ぐすね引いて待っているのは、たしかにあまり美しいものではない。短期間で終いにするのが望ましい。おk、はあく。
気づかぬうちに、ドール用の衣服も買い漁っていることに気が付いた。
ブリードがおきなさそうな撥水性っぽいものを優先し、後染めされたものをなるべく避け、色移りを防ぐべく白色のものを選び、全身タイツも一応手に入れ……とやっているうちに、もうここ三年自分のために費やした衣類費をはるかに凌駕する金額をつぎこんでいることにはっとなり、そしてぞっとする。私はいったい何をしているのか。
もうだめかもしれない。しかもまだ見ぬ乙女のため選りすぐった服は、どれもこれもどこかの女王様が着ているような傾向のものばかりになっていた。
理性がふて寝ているうちに欲望が一人歩きでもしたのか、これでは亜麻色の女王様に乗るというより乗られてしまいかねない。だがたしかに私の中にマゾヒストの気があるのは否定しがたい事実でもあった。
ふやけた脳内で構築された会話の中では、「もっとわたしに貢ぎなさい、服を買え化粧品を買え、メンテナンスを怠るな」と命ぜられ、恍惚の表情を浮かべ馬車馬のようにネットの荒野を駆け巡るちっぽけな自分が容易に想像できてしまう。
ほうっておくとこの唯一の聖地といえるワンルームさえ乗っ取られかねず、私はその重みに耐えられるか心配になった。
ここにきて、彼女への想いはますます募り、自分の中では身勝手ながらも身分不相応なまだ見ぬ彼女への期待が高ぶっていく。
いや、過度な期待は禁物である。それではただ迸るきちゃない欲望を投げつける行為、そのようなものは恋でも愛ですらもない。
わたしが求めたのは単純な肉体関係から派生する恋愛ドラマのような、チ−プであざとくぺらっぺらのものなどではなかったはずだ。
もっとこう崇高で純粋、覚めやらぬ情熱と清廉さが共存共栄した、およそ一般人が口にする恋愛とは一線を画す、プラトニックでありながらプラグマティックなまさにオンリーワンでかけがえのないものではなかったか。ロンリーワンでナンバーワンな私がそんな夢物語に浴するなどおこがましいといいたいであろう。正直に言おう、私もそういいたい。
ああなんと私は欲深で罪深なブカブカ野郎なのだとか煩悶しつつ、彼女のためのスペースを空けようとイソイソ部屋を掃除する自分がいて挙動不審となる。これはもうだめである。
外にでて雨にでも打たれたほうがいいかもしれない。
とまあ意を決して外に出た途端雨が止んだりするから、まったく天気のやつとは本当にそりが合わない。ここは戦略的撤退、早々に寝床に入って明日に備えるにかぎる。
とその前に、彼女の物理的重さに耐えられるよう足腰をきたえておかなければ……
それにしても涼しくなった。昨日一日で平均気温が10度近く下がったらしい。ああ、人恋さびしい。だれかわたしを愛してくれ、ちくしょう。もういっそ文通でもはじめちまうか。顔もまだ見ぬ年頃の女性と手紙を交換するなんて、なんと心ときめくシチュエーションではないか。
ドールが来るまで日もあるし、文通を始めるのも悪くはないとネットのコミュニティを徘徊するものの、相手の期待に沿う自信のなさ故に、最初の一歩が踏み出せないでいるのだった。
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